backNumberlock

大人になってからアダルトチルドレンを知って、わかったことや気付いたことと、これからのこと。

努力の前に、ふんぞり返って奪っていくひともどきがいる。でもそいつを殴れない。

たった1億円あれば、再起可能な人がたくさんいるなと

今日の速報を見て、ふと思った

わたしたち、どこまでお金に縛られるんだろう

もっと、ちゃんとした、普通の日々を、どうしたら取り戻せるんだろう

自分を、取り返せるんだろう

 

つまらない空想に涎垂らす体力もなくて呆けてる

10億円とか、5億円とか、たぶん、つまらないものなんだろうな

じゆうのためになら、綿埃みたいな

 

私、夢を見ようかな

縛縛られて支配されたじゆうを手に入れて

大切な人を守ったり、ばかを休み休み言ったり、動けない彼女を連れて

一緒に

おおきな公園の芝生にブランケットを敷いて寝転んで

日向ぼっこして

のどが乾いたら、ポットに入れてきたルイボスティー飲んで

ルイボスティーって0キロカロリーなんだって。知った時ショックだった)

ブルボンのお菓子食べて蟻を観察して

飽きたら、少し寝よう

起きたら家まで送るよ、寒くない?

大好きな色のマシュマロみたいなふわもこ毛布用意しておくよ

だって1億円持ってるから大丈夫、余裕だよ

そういう夢、見ようかな

 

目標定めてしまった彼に、たくさん本を贈りたいな

食べるのが面倒くさい日が続いてるなら、ウィダーインゼリーとカロリーメイト

箱買いして、ずっと本読んでほしい

時々、何かを書くなら、モレスキンのノートを用意するよ

たくさん、言葉を書いてね、つまんない、くだらない、愛すべき言葉を

私はジェットストリーム7mm黒インクのボールペンが好きだよ

しにたいといきたいを両方、それで書いてるよ

カーテンを開けない毎日なんてどうでもいいことで

深く深く潜った彼の抜け殻の本体を

ただ横で見ている

そういう夢、見ようかな

 

わたしたち、自分の意志でしたいこと、気持ちとかやる気とか覚悟なんかじゃなくて

1億円でできちゃう

お金って、すごいんだよね

すごいなぁ

 

下弦の矛先

いつもとは違う時間に帰宅した。

 

そしていつもは行かない時間にコートを着てコンビニに行った。

家を出る前に、照明は消さなかった。本当にすぐ帰宅するから。

近所の家々は寝静まっているのか、こちら側から見えない部屋にいるのか、とにかくパッと見、私の住むアパートは、私の部屋以外は暗かった。

そして予定通りすぐ帰宅した。

私はアパート近くになって足を止めた。10メートルもない。アパート前に青空駐車場があるので、なんならアパートの敷地内だ。

暗がりに女がいる。

手ぶらの女がいる。

私は忍び足で近づいた。

女が、私の部屋を仰ぎ見ている横顔を見た。

普通の女だ。歳は自分とそう変わらない、若い女だ。

「こんばんは」

私は女に声をかけた。

女はあからさまに驚いて、こんばんは、と返事をしなかった。

そのかわり、「え?」と言い、不審者に遭遇したような素振りで私を見た。

だらんと垂れていた腕は胸元で固く凍っていた。

私はコンビニの袋を鳴らしながら、自分の部屋に入るために階段を上ろうとしたが、女がよけないので邪魔だった。

「すいません」と言いながら少しよけて、とジェスチャーをしてやっと、女は身体を動かした。後退り、転びそうになっていたが、特に声をかけず(心配もせず)私はポケットから鍵を取りだしドアノブに差し込み回した。

背中に視線を感じたまま、自分の部屋のドアを開けるのは気味が悪かった。

しかし、挨拶以上の関係もない人間に関わりたくない。覚悟を決めてドアノブを回した。ドアを引く前に、女が言った。

「下の人だったんだ」

あぁはい、、というような聞こえるか聞こえないかの音で曖昧に応えて、素早く入り、素早く閉めた。

いつもはしないチェーンをして、部屋に入った。深呼吸をした。

私はカウントした。1、2、3、4、5、、、、

20秒過ぎて、階段をゆっくり上る音がした。物凄いゆっくりだ。

私は部屋の照明を消した。そして点けた。そしてまた消した。さらに点けた。

それを何回も続けた。

階段を上る音が止まったり上ったりする。その間中、私は照明を点けたり消したりを繰り返した。

上る音が止み、ドアを開け、閉める音がした。音は真上からした。

 

私がいつもの時間に帰宅すると、真上の部屋からどんどんと床を叩く音がする。

酒瓶なのか知らないが、昔聞いたことのある、よく知ってる音だと思っていた。とにかく瓶のようなものを床にぶつけている。それが私の感想だ。そして「うるせえな」が率直な気持ちだ。

今日はいつもと違う時間に帰宅して、そのうるさい音がなかった。

だから気分よく読書が進み、夕飯が遅れた。本を閉じて時計を見て時間に驚いた。

夕飯を作り始める気力もなく、コンビニに行った。グラタンとお茶を買い、帰宅したのだ。

 

しばらくしても真上からどんどんという音は聞こえなかった。

私は真上の住人の顔を知ってしまった。

しかしその後、どんどんという音がぴたりと止んだので、顔を忘れてしまった。

普通の女に見えた。

だけど普通じゃなかった。

騒音を出すことを日課にしているような女だった。

そんな女が、挨拶をされて気味悪がるくらいには、私は透けていたのだろうか。

 

ーーー

初めての一人暮らしをした時の話です。

電気を点けたり消したりしたのは、そいつが私の部屋を見てたので、お前が思うよりこっちだってキモいヤツですよ~やばいヤツですよ~ってアピールしようと思ってしました。それが効いたのかどうかは不明ですが(その後二度と会うことはなく私は引っ越しした)、住んでる間、騒音で悩まされることは無くなりました。

騒音で悩んでる人の書き込みを見て思い出しました。

トラブルに発展するようなやり取りをするんじゃなくて「下に住んでるやつヤバい」と印象付けるのはいかがだろうか、という提案……ていうか無理じゃない?

なんですぐ引っ越ししなかったんだろう自分(笑)

あ、お金なかったからか!

day by day / keep of a life

心機一転という気持ちにはなれない年越しをして、新年になっていました。

2019年ですね。

 

新年を迎えてもう半ばになりますが、私は知っています。あと2~3回あくびをして目をパチパチさせてたら2020年になることを。

そんな風に、1週間くらいの感じで余生を過ごせたらいいなぁと思っています。

日々こつこつと不安を集めていますが、あとそれも僅かかぁと思うと愉快になります。

楽観的になってきたのかもしれません。

だって私は生きているから、仕方ありません。不安は疲れてしまうのです。主に身体が疲労してしまいます。

朝ごはんはバナナ1本とコーヒーです。

昼ごはんは食べたくないのですが(眠くなるので)薬を飲むために食パンを1枚食べます。コーヒーも飲みます。時々ジンジャーエールが飲みたくなるのですが、面倒くさいので水を飲みます。

夜ごはんは白米とみそ汁と野菜炒め(肉入り)を食べます。

深夜になるとお菓子を食べたくなるので、お菓子をストックしています。

チーズ味のものが多いです。

去年の9月くらいからこんな食生活ですが、問題はないみたいです。

満足です。

 

お金が欲しいです。というか必要です。その為に今できることは何かな?と考えてメルカリに登録してみましたが、登録で貰えたポイントで文房具を購入したきり、何も売ってません。やりたくなった時にすぐ出来るように登録だけ終わらせておいて良かったなくらいの感想です。

だらだらした1年になりそうです。嬉しいです。

今年もよろしくお願いします。(何を?)

                           2019.1.18  ちえ

 

 

□今年はおみくじひきませんでした。単純に節約です。お参りにも行きませんでした。

願うことも祈ることも報告することもなかったからです。初夏にお参り行きたいなと思います。

 

 

言葉を綴るということ、思いを文字にするということ、嘘をつくということ

先日、私が好きなブログで書かれていたことにうんうんと共感を感じて、それについて自分も書いてみようと思いました。

本題を描くまでにだいぶ時間が必要だと思いました。

 

1・ 前提(2018/12/20)

 まずは、私の今現在の前提をメモのように書いていこうと思います。

私はこのはてなブログというサービスに出会ってから、たぶん、頭が働くようになりました。知識も、以前とは比べ物にならないほどに増えました。(以前がひど過ぎたこともあります笑)

そして、たくさんの人の文章を読むことで、感動したり(以前は無感動状態が長かった)感情のコントロールや思考の舵取りみたいなものを学ぶことが出来ました。

毎日決まった20程のブログを拝読しています。(更新が無いとさみしいです)

その中にhagexさんのブログも含まれていました。今でもずっとさみしいです。

それからランダムに気になったブログを拝読します。

時事的なものだったり、知識のまとめ的なものだったり、生活の知恵的なものだったり、小説のようなものだったり、です。

読んで、自分の中に浸透してくるような感覚になります。

時々ですが、読んでいて涙が止まらない文章に出会うことがあります。

私はそうして、知らない人の書く文章を読むことで、感情を動かしたり、自分が変わっていく実感を得たりしています。

不思議な体験をしていると思います。

かちこちに固まっていた石みたいな自分が、どんどん変わっていく、知らない人の文章を読むことで、それだけで、変わっていく。しかも自分でも知らなかった自分の望んだ方へ変化していく。多分それは成長と呼んでいいと思う。

そして私も文章を書く。

考えた事や、不安や悩み、嬉しかったこと、腹が立ったこと、本当はこう思ってるってこと、過去の事や今の事を書いていく。

少しずつ嘘を混ぜながら書いていく。

嘘をつくのは格好よく見せたいとかではなくて、身バレを恐れてフェイクを入れるから、辻褄を合わせるために嘘を作らなくてはならない。

それに罪悪感などないし、感じる必要もないと考えている。

だから全部さらけ出せ!顔出ししろ!というタイプのブロガーの方々の文章には興味がない。

読みたいジャンルの本が全く違って、注目の本棚が違うんだと思う。

 

ブログに文章を綴って「公開」するということは、私の中では「カラオケに行く」に似ていて、溜まりに溜まった自分の中の森羅万象を開放すべく、書かずにはいられない。

簡単に言うとストレス発散であり、書いた後は思考の整理にもなる。

私にとっての前提はこんな感じです。

 

 

2・(1)自分の弱さと傲慢さ・他人の弱さと傲慢さ(2018/12/29)

 私はうつ病という病気になるまで、自分は他人より劣っている、という劣等感がありました。(振り返ると、劣等感の原因の多くは金銭で解決できるもので、逆に言うと金銭が無い限り解決できないものばかりでした)友人たちとどんなに足並みを揃えようとしても、「ふり」をしている自分がいて、それを誰よりも自分がわかっていました。元々ある劣等感にそれが加わり、劣等感は膨張を続けました。

でも、劣等感を他人に見せて生活することは出来ませんでした。膨張する劣等感を隠す為にそれと同じくらいの傲慢さを持ちました。

そして傲慢さを武器に、私はありとあらゆる方法で金銭を獲得していきました。

生きました。

「まっとうに」生きられている同年代の友人たちとと同じような生活をするために、当時の私は工夫をしていたつもりですが、その工夫が、その後の自分をないがしろにするという考えはありませんでした。

獲得したはずの金銭は、ごみくずみたいな人間たちに奪われていきました。ごみくずみたいな人間たちは優しい顔と声をしていました。とても。

劣等感を持って生きると、ごみくずみたいな人間が嗅ぎ分けて近寄ってきます。

私が武器にした傲慢さは偽物なのですぐに見抜かれます。

生まれながらのセレブと、成金では、立ち振る舞いや思考が違う、みたいな感じだと思います。

日々の生活で、私より豊かな生活をしている人たちが、私に無心してくる。

その頃の私自身の「お金の使い方」も変でした。何もかもが変なのでうまく言えませんが、安い食材を売っているスーパーに行くためにタクシーに乗る、みたいな感じでしょうか、うん、これ、すごく変ですよね。良い例え。

でもそんな生活回らなくなる。ちゃんと、回らなくなる。だから私の生活はちゃんと壊れました。工夫することができなくなって、壊れました。

うつ病になって、私は武器を手離し無力になりました。久しぶりに見た劣等感はびっくりするくらいに膨張していました。 うつになってたので寝るか泣くか以外リアクションはなかったけど。無、無、無。

うつになって、ごみくず達が離れていって、友人たちも離れていって、私の人生が始まりました。

投薬治療しながら、インターネットを眺めていました。

そして自分のありとあらゆる認知の歪みに気づき始めました。

自然と、劣等感と共に生きると思える日が来ました。私は自覚ないまま大人になっていたので、気づかなかったのですが、うつになる随分前から、友人たちと足並みを揃える必要がなくなっていたのです。みんなそれぞれの新しい生活に突入していた時期でした。

誰も、自分の生活を犠牲にして、友人にお金を貸したり、深夜に突然遊びに来た友人を相手にしてませんでした。私だけでした。

うつになってから、たくさん時間が生まれました。無限を感じました。

金銭も時間も奪ってゆく人間がいなくなったので、私はインターネットの海を泳ぎました。そこでたくさんの知恵を得ました。知らない人の経験を見ました。

そして自分が持っていた傲慢さと同じくらい、他人も傲慢さを持っていることを知りました。それを静観出来ることも知りました。

私の持っていた弱さと同じくらい、他人も弱さを持っていることを知りました。自分が思っていたよりも多くの人が持っていました。それを私生活では出さないように(ばれないように)している人もいました。他人の弱さを認めない人がいることも確認できました。あの時のごみくずみたいだなぁと思いながら静観していました。

いろいろな人がいる、ということを

インターネットを通してやっと、リアリティをもってわかった

いつ、というはっきりした時期は曖昧ですが、そのリアリティは現実世界の私の生活にリンクするようになりました。

実際に「いろいろなひと」がたくさんいることに気づきました。

いろいろな人と深く関わることはそうそうないのですが、些細なやりとりで、深く関わっていない人を、この人きっとあのごみくずみたいな人間なんだろうなぁと感じるようになってきました。そして以後きっぱり関わらないようにしました。

逆もあります。深く関わってないのに、年に数回しかやりとりしないのに(なんならやりとりと言えるのかとさえ)、その人が生きているという事実だけで安堵する存在も現れました。大切にしていきたいです。具体的には何もしない(できない)んですが、ずっと繋がっていたい気持ちを大切にしたい。

私は、私を他人と認識して、上にも下にも置かず、横に居ることを当然としてくれる人を大切にしていきたい。姿も声も色も違う私とYOUを、違うまま横に居られる、同じ色になっていかなくていい、対等なそれぞれとして存在していける人をあいしている。

そこまで導いてくれたのはインターネット。インターネットありがとう。

あのごみくずみたいな人間に負けず劣らずの、ごみくずみたいな人間だった私を、目にも入っていない無視みたいな感じで入口を開けていてくれてありがとう。まあ確かに海はそこにあるだけだし、入ろうが入るまいが海にとっては知ったこっちゃないわけです。なに擬人化してんだよ きもエモすぎる。

___

また後日追記します。

 

暮れて月光冷凍保存、覚めて斜陽自然解凍

月が過剰なCG処理を加えたみたいに綺麗な夜、水道の凍結の心配をしながら、ストーブを付けっぱなしにすることに決めた夜、セーブ設定温度は10℃、10℃ってなんだよ。

外じゃねーか。

ベッドに入り、左手をお金を表す「これか」という形にして胸の前に置き、右腕を右頬を通過するように伸ばし激しく壁にぶつけ無言のまま痛がる。

腕を伸ばすのを諦め、右腕を「これか」の下に沿わせるように曲げ、脚を蛙がジャンプうする前のように曲げ、座禅のようなポーズをする。

オーマイゴッド

と呟いてみる。わりと大きめの声で。

とても無意味でばかばかしい。本当にもうなんなの。

しかし誰も見ていないので私はやり放題である。

両手を組み替えて「かんちょー」のポーズを取り、天井めがけて突き立てる。

勢いよくかつ誇らしげに、ダンスの停止モードのように決める。

手加減はしない

と呟いてみる。さっきより小さい声で、しかし声優のような声を出してみる。息遣いがポイント。

「…ッ手加減はッぁ(↑)しない…ッ!(→)」

脚は蛙のままである。

 

本気で意味がない。本気なんだ。ただの本気。

やりたいからやった。

気が済んだので、大きな深呼吸をして目を閉じた。

その日は近年まれにみる良眠。

ぐっすり眠れた。びっくりするくらい目覚めが良かった。

意味が生まれてしまった。

 

新しい技を考えてみよう…ッ

 

*自由の使い方の幅を広げていきたい所存です*

 

7℃

肩がすくんでる

寒くて 坂道が多くて 外の世界に私の内側が張りつめていて

欲しくて買ったリュックは二番目に欲しかったリュックで安物

本当に欲しかったリュックは持ってる物の10倍くらい値段が高い物

その安物のリュックを背負って歩いていて

いつも肩がすくんでる

 

冷たい空気を取り込もうとする

意識を集中して空気を吸い込む

鼻から入った外の冷たい空気は 私の肺を膨らます

それを口からゆっくりと吐き出すと 私の中の汚れが外に流れ出す

私の体はその時だけきれいになる

 

肩の力を抜いて歩く

最近 ハマっていること

空気を吸って吐いて力を抜いて歩く それだけのことが

今までとても難しかった

思い出したら楽しいこともあったんだ

先日、地震がありました。

もう2か月が経ちました。色々あったり、色々思ったことも、今思っていることもあるんだけど、今日はその話はしたい気分ではないので、今日書きたいなと思ってる事をらくがきします。

 

CharaJudy and Marycocco椎名林檎を聴いて青春を過ごしました。今でいうとメンヘラクサブカル女街道なのかもしれませんが、多分それは半分会ってて半分違ったと思います。

 

高校生の時、数人の友達とカラオケに行けば、小室ファミリー全曲、誰かがともちゃんを歌えば誰かがglobを歌って、突然高橋真理子のforyou…を誰かが歌い、それにつられてなのかアンルイスのwomenを熱唱する物凄い歌唱力のある友人。うますぎて爆笑する数人。

うますぎた友人をひとしきり笑った後、ここぞとばかりに魂のルフランをぶちこむ友人。これも舞台かってくらいうまくて転げまわる数人。ルフランてなんだよが止まらない。

私は焼け野が原を歌って、次にさっきはいとしさと切なさと心強さを歌ってた友人が、強く儚い者たちを歌う。

その後ら~ぶら~ぶあいを叫んで、ら~ら~ららら~あなたにあいたくて、柔らかな風が吹くこの場所で、たった一人の戦いを誇りに思って、時に愛は二人を試して、ただ涙拭く木綿のハンカチーフを欲しがって、松本に相談しようとして冷やかされるからやめて、それでもいいと慰めていたそれでも恋は恋ってことになって、何故かしょんぼりしだす友人がいて終いには泣き出すから「これはしゃーないこれはもうあれだ、合コンしかない」ってなって来週の合コンのセッティングをその場でして、そろそろカラオケ終わりの時間のコールがなって、別の友人が最後に1曲歌うって言うから皆帰る準備しながら聞いてたら春の木漏れ日の中で君の優しさに埋もれていた僕は弱虫だったんだよねって言い出したからリモコンで強制終了して会計レジに向かう。という一日を思い出した。

あの頃は、好きな歌のジャンルが全然違っても友達だったし、

好きなジャンルで人の属性分けもなかったし(たぶん)

自分が知らない曲も友人が歌うことで覚えていったし(ただし友人節で)

親世代の歌もみんなそれぞれ結構知ってたし、なんていうか、音楽に関して、もっと楽しんでいて、共有していて、うまいとか下手とか場の空気とか全然関係なくて、歌いに来たから歌うぞみたいな感じだった。

私は、自分の知らない曲を友人から覚えることが多かった。そしてそれは良い曲ばかりだった。今でも好きだ。

いつものメンバーってあんまりなくて、なんでやねんという組み合わせで行く日もあった。カラオケで待ち合わせして着いたらお前誰っていう人間がいたり(高校の友達の中学の友達だった)そしてまた新しい曲を知る。楽しかった。

その頃のみんなが、今は、どんな歌を好きになっているのか、知りたいなぁと思う。

みんな、元気でいたら、嬉しいな。

今日、スーパーで買い物していたら、Lemonが流れていて、同い年くらいに見える知らない人が口ずさんでいた(口パクだったと思う)のを見て、色々なこと思い出した日でした。

 

my backnumber to lock the door on the inside ジュニア辞書で精いっぱい作った後ろと前の文脈です。タイトルはこんなニュアンスで表したかったです。