知らないという事実よりも
何かのテレビ番組で観た、外国人(どこの国かは忘れた)と日本人の認知の違いが印象的だった。
外国人に「日本語話せますか?」と尋ねると、コンニチハ、アリガトウ、スシ、スキヤキ、ゲッツ!(ポーズ付)しか知らなくても「話せるよ!」と答えていた。
最後のゲッツ!に関しては日本の芸人のギャグではあるけど日本語ではない。
テレビ局の編集の加減にもよると思うけど、数単語しか知らなくても「話せる」という人が多かった。
それと対照的に、日本人に「英語話せますか?」と尋ねて「話せない」と答えた人に比較的簡単な質問を英語でしてみると、大体の人が聞き取り、答えることができた。
にも関わらず、「全然できません」と言う。
きっと私もそう言ってしまう。
自己評価を外へ発信するとき
「○○しかできない」というか「○○ならできる」というか。
パーフェクトでなければ出来ると言わないのが日本人の国民性らしい。
つい最近、あなたはパソコンできるのかい?と聞かれて、私は答えに戸惑った挙句、「何を基準にですか?」と言ってしまった。言葉は端的だったけど、頭の中はパニック。
相手が「え?」という顔になって、もっとパニックになった。
自分の聞き返しがどこかおかしい、自分が何を迷って聞いてるのかを具体的に示さねば、と思えば思う程、言葉が出てこない。
最終的に、パソコン教室で勉強した事しかできません、という答えに落ち着いた。
できる、というには実践経験もないし、応用きくとは思えない。
もれなく国民性が出ていた。
(続く)