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大人になってからアダルトチルドレンを知って、わかったことや気付いたことと、これからのこと。

伝えたいことがあるのに言語化能力がないときに検索してしまう

私が初めてはてなという場所に出会ったきっかけは、ヤフー検索でヒットした一つのブログでした。

 

検索ワードを打ち込むときに、かなりの長文にしたと思う。

 

普段検索機能を利用する場合、おおよそ検討のついてる事柄や、知りたいけどパーツしか知らないことを調べる時は、持っている情報(不確かなものも含め)と空白スペースを活用する。

でもその日はあえて「かなりの長文」を「わざと」打ち込んでいた。

並べた言葉自体は覚えていないんだけど、ネガティブとポジティブについてだったのは確かです。

 

私はきっと期待していた。

私の持っている不安やわだかまりの正体を知っている人がどこかにいて、それを教えてくれるのではないかって。

↑こういう風に言ってしまうけど本当は違って、私の持っている不安やわだかまりを肯定してくれたり消化してくれる(浄化に近い)文章があるのではないかという思いが本音。

 私の文章には、誰に宛てるでもない、不必要に思われるフェイクが入ってくる。

 しかもその意味や効力は全くわからない。

 そういう風な「へき」がついてるんだと思う。

それは自分にとって面倒くさい事なので、解消していけるように少しずつ出していく事にします。

読みづらくなっていくと思いますが、、、

出していく作業をする事で読み易くなる日がくるといいな!

 

本題に戻って。

長文を打ち込んだにも関わらず、それがヒットしてくれた。その時の感情は「してくれた」が正しい。

でも、私がたどり着いたブログの記事には、私が期待していた事などどこにも書いてなくて、理路整然とかしこまった冷静な文章が収まっていました。

 文章に姿勢があるとしたら、それはとても凛とした清楚な佇まいで、美しかった。

私は反射的に自分が下卑た人間に思えて、恥ずかしくて恥ずかしくて、何かわからないけど、もっと沢山の羞恥に似た感情が溢れて、その夜は泣きながら寝ました。

 翌日、久しくすっきりとした頭で起きられたことを覚えています。寝起きに安堵感を得たのも覚えています。

 

 その日から、私の世界は変わりました。

世界から見る私は何一つ変わってないのですが、私が見る景色はすべて変わりました。冷静さを必要とし、必要とした分だけ得られたような感じです。

 「言ってほしかった言葉」が書かれていたわけではなかった。でもそれ以上に必要な(読後に感じた気持ち。ああ私、こういうこと必要としていたんだな、と気付いたような)、知らなかったことを教えてくれた。

 そして、違う人が書いていても私は同じような気持ちになっただろうか?と考えた。たぶん、ノー。

 どうやら私は、その人の書く言葉尻がすきなようです。

音も温もりもない、デジタルな文字列のはずだけど、

些細な使い方で様々に印象がかわる。そして消えたり、残ったりするのかもしれない。

 

my backnumber to lock the door on the inside ジュニア辞書で精いっぱい作った後ろと前の文脈です。タイトルはこんなニュアンスで表したかったです。