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大人になってからアダルトチルドレンを知って、わかったことや気付いたことと、これからのこと。

空欄の彼女

謝りたいことがあるんだけど、と彼女が言った。

俯いてる顔は見えないが、申し訳なさそうな雰囲気がする。

かなり唐突な言葉にどきりとする。買ってきたばかりの缶コーヒーを二つテーブルに置くと、彼女は缶コーヒーを手に取り、両手を温めた。私はプルタブを開けて一口飲む。そしてなんでもないふりをして、何を?と聞いた。

彼女の謝りたいことは、とても変な物語になっていた。

 

「あのね、昨日見た夢なんだけど」「うん」

 

こないだ一緒にお婆ちゃんちに行ったじゃない?たぶん、その時の感じとか、そこらへんの、なんか、影響受けてるふうな夢なのね、景色が。

でもそこにはお婆ちゃんはいなくて、私たちだけなのね、座ってるの、居間に、あのほら大きなテーブルのある方の部屋の、ね、なんか。

そいで急に雨が降ってきて、すんごい降ってくるの、わあ~って言ってる間に場面が変わってタイタニックみたいな川になってるの。え?あれ海?うそずっと川だと思ってた!でも夢の中ではもうタイタニックの川みたいな感じになってたから川なんだけど、私たち二人とも川に入っちゃってるの。

そいで私すげー泳げるじゃん?え?そう、私超泳げるんだけどプールの授業が嫌いだったから出たことないよね、知らないよね、すげー泳げるの。海でも泳げるよ、でも川は泳いだことなかったんだよね、そいで超怖かったんだけど何とか泳いで浮いてたの、でも君はあんまり泳げないみたいで、夢の中の君は、それでどうしようって思ってたら木の板が流れてきて、そう、なんかタイタニックみたいでしょ?それに二人でつかまったの。

それで、、ごめんね、、、

 

いや、二人でつかまってたら、沈んじゃうと思って、一瞬悪いなとは思ったんだけど、え?一瞬て言っても5秒くらいはあったよ、そいで「その手を板から離せ!」って言っちゃったの。うん、うん、でも君は離さなかったんだ。

うん、そりゃそうだよ、離したら、うん、でも、離さないから、私、蹴っちゃったの、、。

え?もちろん君の手を、思っきり蹴ったの、なんかその時私、板の上に超立ってんの!ウケたんだけど!バランス感覚良過ぎじゃない?超ウケる!え?うん、蹴ったっていうか蹴ったし踏んだ、君の手を。すんごい私、一人で生き残りたかったの。どうしても生き残りたかったの、、。

え?わかんない、でも早く決断しないと生き残れない!って強く思って、二人で助かろうとか全然思わなくて、自分だけ助かればいいって、むしろ、自分だけ助かりたいって思ったんだ、、。

、、、うん、夢の話だよ、目が覚めたら泣いてた。超リアルで怖かった。蹴ってごめんね、、。うん、うん、、いや、でも、現実でも同じことすると思う、、どう考え直しても私どんなことしても生き残りたい、、どうしよう、、誰かを犠牲にしても私ひとりでも生き残りたい、、!私の命根性ヤバい!!!意味わかんないくらい生きたい!超ごめん!!!

彼女は土下座していた。私は大爆笑していた。もう顔をあげてくれ、コーヒーでも飲んでよと言った。顔を上げた彼女の目はうっすら潤んでいた。彼女は両手で握りしめていた缶コーヒーをテーブルに置いて言った。

「無糖は飲めない」

「お前が選んだんだよ」

 

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学生時代の友人とのやりとりで、ついさっきまで忘れてて、ついさっき思い出したもの。

彼女は小柄な人だったけど生命力と私利私欲に満ち満ちていて、見た目の姿よりも大きく見えていた。常に10センチはあるヒールの靴や厚底ブーツを好んで履き、凍った夜道で自分がこけそうになると隣にいる人間にしがみつき、隣の人間が唐突なしがみつきに耐え切れず転んでも、自分は絶対に転ばないというスタンスでいた。

理由があって、会わないでいる時間の方が長くなったけど、当時の彼女の、「理由なき生への執着エピソード」が今日の私を癒した。

今の彼女の価値観がどうなっているかわからないけど(私もずいぶん変わった)、当時の彼女のことは今でも信頼している。何か、両者の生死に関わる事が同時に起きた時、彼女は私を助けない、彼女は自分の命を大優先する、ということを知っているからだと思う。それに大きな安心感を感じる。

なぜ生きるのか、そんな問いに彼女は答えない。

生物的な本能が彼女を大きく見せていたのかなぁ。懐かしい時間でした。

 

 

 

my backnumber to lock the door on the inside ジュニア辞書で精いっぱい作った後ろと前の文脈です。タイトルはこんなニュアンスで表したかったです。