私は何をしているんだろう
先日、いつものように作業所に行き、私の役割をしていた。
作業所の利用にあたって、年に何回か面談があり、書類を作るんだけど、その書類の項目には「通所目的」の欄があって、私は「継続的な通所、他者とのコミュニケーションの柔軟性」としている。
これはつい最近のであるから、通所し始めた時の自分の目的をどう書いていたかは思い出せない。書類書類書類で何が何だかわからなかった、というのが理由だと思う。
その書類を作ってしばらくたって今、「他者とのコミュニケーションの柔軟」は要らないなと思うようになった。
そして最初の行に戻る。
私はいつも通り、手芸をしていた。それは作業である。私の唯一の仕事で、これをすることで工賃を頂いている。
その仕事の邪魔(邪魔とは乱暴な言い方かもしれない。)になる事は、困る。
具体的に言うと、話しかけられたり、一方的に話しかけられたり一方的に話しかけられたりだ。あと、隣通しで違う作業している人の、独り言(主に他人の悪口と自分の自慢)をラジオのように聞流せなく、いまでは、黒い液体が一滴一滴、私の腹の底に溜まっていく。ヘドロのようにねとりとしていて気持ちが悪い。
今は病名が変わっていて、気分変調症となっているみたいです。
心身ともに調子が良い時は、見た目も表情も、言動も健常者のように見えるようです。調子が悪い時は、真逆で老婆のようになっています。思考もあやふやになってて、何もできない日があります。
何もできない日だと思って過ごしていると、その翌日には驚くことがあります。
洗ってないはずの食器が洗われてたりと、意識朦朧とそんなことをしているみたいです。
「障害」ではあるんだけど、ラインを引こうとしたら難しいものだと思います。
「まともに出来る時がある」と「全くまともじゃない時がある」の繰り返しです。
それでも、病院での治療や作業所へ通所することによって、「まともでいれる」時間が増えた気がします。
だから、私は傷ついたんだと思います。
私はパソコンを使ってインターネットを使用するし、こうしてブログを書いたりします。それについて作業所のスタッフさんとは話したことはありませんが(話すつもりもない)「これってどうやるの?」とスタッフさんに聞かれたことで、わかる範囲であれば教えることもあります。
それをしたのが失敗だった。
上手く言えないけど、私の感じたものは、すごく嫌な部類の見下され方だったからです。(そんなつもりはないんだろうなぁ)
それが出来たことで、これからはちえ先生と呼ばないとだめだな~!と一人のスタッフの方が言いました。
もう一人のスタッフの人は、オジサン達が二人であくせくしてて見てられなかったんでしょう(ニヤニヤ)と言いました。
新しいスタッフの方の、にじみ出る高圧的な言葉が私を萎縮させてます。
一般的には、特に高圧的な言葉でも言動でもないのかもしれません。
「こんなにできるなら、他の仕事も出来そうなのに」と言われた時、魂が抜けて、身体が肉になって、重く、視界も、ぼやけて、わたしなにしてるんだろう、と思いました。
私は手芸をしていました。
今の私の仕事は手芸です。
でも将来手芸屋さんになりたいわけでも、ハンドメイド作家になりたいわけでもありません。
作業所に来て、コミュニケーションを柔軟に取り組めるよう励んでましたが、自分が嫌だと思うようなコミュニケーションが続くなら、コミュニケーションなんかできなくても仕事が出来ればそれでいいです。
私は何をしているんだろう、何をしていくんだろう、そんなことを考えた夜でした。