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大人になってからアダルトチルドレンを知って、わかったことや気付いたことと、これからのこと。

鈍するために

もっと早くに知っていたら、もっと違う風にできたのに

と思う日が時々ある。愚かしい。馬鹿馬鹿しい。そんなわけない。

私という人間は、このようにして知っていき、このようにして過ごして初めてわかるのだ。他人の痛みや自分の痛みを理解するまで、こんな風にして、やっとなのだ。

今もまだわからないことばかりで、つらいなと思う。

でも、もう焦りはない。どこの時点で焦りが消えたのか(或いは見えにくいだけなのか)思い出せない。ブログを始めたのは大いに関係あると思う。というかそれしか思い当たらない。

私が知らない私の中身を、私が勇気をもって吐き出した。

飲み込んだ言葉や感情をもう持ちきれなかったのだ。だから吐き出した。

たいへんよく出来た。自分を褒めてあげたい。

アウトプットすることは私によく効いた。言葉は選びに選んだ(この作業も良かったのかもしれない)が、誰にも言わなかった私の本心を書いてきた。

 

今ならとても上手に遡れる。褒めてあげたい。

時間がかかった。私にはこんなに時間が必要だった。(ちなみに病気が治ったわけではないし、ばりばり働けてるわけでもない。状況はどん底の時とほぼ変化してない。変化したのは私の中身だけだ)

アウトプットしようという目的をもってしたわけじゃない。

私がbotじゃありませんと伝えたかった。名無しのままじゃいけない気がして、失礼の無いようにと始めた。小さなきっかけだったけど、決断したのは私だ。グッジョブである。その時の私、グッジョブだ。

今も文章を読んでいる。作り話や本当の話、自分が気になった物はすべて読む。

私はたくさん失ってしまった。そこに詰め込むように読む。「自分が知りたいこと」を次々と詰めてく。詰め放題。

「たくさん失った」けど、私にとってどうでもよいことまで持ってた気がする。

もうそれが無いのでスペースはがら空き!詰め放題放題放題である。

私が自分を知ろうとする限り、大丈夫なのである。高校生の時には「マジかよ」と思ったアレだ。我思う故に我在りである。

28歳まで生きれないかもしれないと確信めいてたアラサ―が、知らない間にお気楽アラフォーである。時々沈みながらではあるけど、だいたい、大丈夫である。

 

my backnumber to lock the door on the inside ジュニア辞書で精いっぱい作った後ろと前の文脈です。タイトルはこんなニュアンスで表したかったです。