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大人になってからアダルトチルドレンを知って、わかったことや気付いたことと、これからのこと。

マネーとメンタルヘルスと部外者と私

給付金が振り込まれてから数日経ち、「下着と靴下と靴は絶対買うぞ!」と意気込んでいたが、
何一つ買えていない。調子が悪い。
理由は色々あるが、一番の「どうしようもない理由」は、「天気(気候)が不安定」である。
身動き取れない。
メンタルがおかしくなるのである。
メンタル以外も同等におかしくなる。体調全般(頭痛、眠気、関節痛)
一番困る思考力の低下。

天気が落ち着き始めたら、だいぶ良くなると思う。
そのチャンス期間を逃さず動きたい。

この折りに
お金があるとうつも少し良い状態になっている、という経験をしたので(今の状態)これについて少し考えていた。(思考力が低下してるので、同じthinkを行ったり来たりしまくり)
結論からすると、当たり前だよね!です。
すべてのうつ病の人の話ではありません。
私個人の話しです。

私は生活が破綻するまでの間に
じわじわと頭が機能しなくなっていって、破綻した時にパッカーンと壊れました。
私の病気のきっかけは、職探しの連敗と、それによる生活維持の困難と、育児と、お金を無心する友人(元)の存在であったから
(↑これも今だから振り返ってわかるし、なぜそんなことをしてたんだい?と過去の自分に問いたい笑)

育児といえば…しつけとか教育とか人としての育ち、を頑張れば良いと思われがちの反面、
確実にお金は必要で。
教育うんぬんの前のお金です。食費とかオムツとか。服とか。移動費とか。マネーです。

だいたいがお金の問題でした。
「お金はある」、それだけで悩まなくていいことがありすぎた。
神経ビリビリして白米が砂の食感になることもなかっただろう。

お金とメンタルについて
私個人の体験を書いていこうと思います。
今後、時々。いつか、そのうち。

とりあえずぱんつ買います。

僕の意志で愛した

はてなブログでは今週のお題「お父さんに伝えたいこと」というテーマになっていて、私にとっては大変グロテスクなテーマですなあと思う今日この頃です、ワラ神サマは完成しましたか?

今日は漫画、
ナンバー吾(ナンバーファイブ/松本大洋)を再読していて、「僕の意志で愛した」「パパ 愛してるよ」というセリフを見て号泣しました。
3年に1度は読むんですが、毎回違う場面で号泣します。号泣といっても、声をあげてわんわん泣くってわけではなくて、信じられない量の水が目から出続ける感じです。
私は登場人物全員好きなのですが(この漫画好きな人は最終的にそうなる)
マトリョーシカの存在が、とてもすくいになるのです。私の。
それに気付くまで、15年くらいかかって、今日は完全に確固たる何かが生まれました。
私の完成されている日常のまあまあ明るい暗闇の中に、マトリョーシカは必要な存在で、まあまあ明るい暗闇であれるのは、マトリョーシカのおかげだとも思います。
今日生まれた何かが、ナニなのか、今のところはわからないけど、生きていけばそのうちわかる日が来るだろうとぼんやり確信しています。

この漫画では、子どもたちが共鳴をおこすシーンが多々あります。
最終巻(8巻)では羨ましくもありました。
私は子ども時代に、会いたい大人はいたかな?
虹の、あの場所で、あの人に 会いたいな
そんなふうに思ってた、思ってる人、いるかな?

読後はいつもトランス状態になってる気がする。
私は漫画の中にはいけないし、登場人物でもないわけです。
でも、何かを思い出しそうになる。
それは多分、このブログでいつか書いた、「何も無い場所に行ったことがある」の場所だと思う。
懐かしい。
懐かしいって思う。
私の懐かしい場所には、誰も居なかったけれど、きっと、漫画で描かれた場所はそういう場所だったんだろうなぁ。
虹を、オーロラを、見ておけば良かったなぁと悔しがる気持ちを大切にして、2~3年後にこの漫画を再読し、私はまた号泣(目から大量の水を出す)するんだろうなぁ。

あ、あと、毎回思うこと。
頭良すぎるといろいろ「わかっちゃって」、しんどいですなぁと…マトリョーシカとマイクを見てて思う。
手放した者と手放さなかった者、両者の違いは違う方向に同じだったように感じる。
そして新しい生命が、同じとは限らないよな…と感想を言っておわり。

your name?

pray

500円玉貯金は8枚しか貯まってない。

なんともふがいないペースである。

 

私はどこかに行きたいと思うことなどここ十数年なかった。

深夜のスーパーに残った物を買いに行きたいと思い、行くくらいだ。

人権について、人(私)が隠す本心について、考えている。

生活について、刹那的な自由について、広範囲で散見する暴言の生誕について考えている。必ず、貧富の差についても行きついてしまう。自己責任論ももれなくオマケでついてくるが、迷わずゴミ箱に入れてついでに完全にデリートする。

容量の無駄遣いだ。

 

なぜなのさ!?と問われても答えられない。

私がそこに行って何がしたいのか、そんなの、特にない。

私たちは本当に生きていたんだね、それを、したい。

生きているうちに、会いたい。

あなたが生きていることを知っている私になりたい。

執着とは違う。

歩いて30分の場所にいてくれたら、今すぐにでも行っただろう。

私は今日も生きていました、と言って、聞いてねえ~~~!しらね~~~~!と言われたい。

たくさんの話を聞きたい。

私の知らない世界の話、白濁した世界の話、法や地方自治の話、聞きたい。

一緒に勉強もしたい。私にだって何か一つくらい提供できる学があるはずだ。

変な教師の話と、そいつが作った理科のテストは取ってあるから、一緒にダメ出ししたい。

遊びたい。

私はあなたと遊びたい。

 

祈る。私はクリスチャンではない。

でも祈るのだ。

この疫病が過ぎ去り、訪れる新世界に、お前たちはうっかりミスだわ枠で残っていて、

私の500円玉貯金が100枚くらいにはなってることを、祈り、笑うよ。

きっと消える、そしてまた生まれる

パソコンが古いままでオンラインいいのだろうか、その他諸々

考え込んでいたら遠くなってしまった。本当は毎日書きたいことがある。

もっと本当は何もない。

 

2020年4月17日

いきる、と自分に言う。

私はおむすびたべたいと書き残して死ぬのはいやだ。

どうせならおむすびをたべてから死ぬ。

 

蜘蛛の糸を思い出している。

 

いのちの線引きをした人を思い出している。

 

手を挙げろと言った金持ちを見ている。

 

悪い人間が悪い顔をしてくれていたらわかりやすくていいよな、と言った助言者を思い出してる。

 

差別をした人、差別した人、差別された人、自分が言ったことを思い出してる。

 

いつかすべて消えてしまうとしても、また生まれる。

そのとき、少しだけでいいから新しくなっていたい。

今のわたしのまま、この人生を生き抜くから、色なんて何色だっていい。

ばばあになる。

 

ひかり

youtu.be

 

迷子になったときいつも思いだす

最果てに立ってやっと振り返る

止まっていたつもりだったのに

それは身体が止まっていただけで

わたしたち

時間が勝手に進むこと忘れがちで

進んじゃうってこと思い出して また忘れるけど

思い出せる どうせまた迷子になるから

たった一度だけ

ご存知、たった一度だけである。

 

だから何だと思い、日々めまぐるしく同じ場所で浮遊する。忙しい。

頭の中だけが忙しい。身体も声も置き去り。

 

あまりにも長くないだろうか?と思う反面、ついこの間「今年も終わるのか」と言ってなかっただろうか。

一日一日が長く、一年一年が短く感じる。

それはどうやら歳を重ねている証拠で、新しいものを受け入れる態勢が無い状態らしい。納得だ。

時々テレビを通して、上手に歳を重ねた紳士婦人(一般人)を見る。

ずるいとも、うらやましいとも違う、何とも言えない…そうだ、同じ人間とは思えない、と思う。

それで終わる気持ち。

後にも前にもつかない感想を持って今日が終わる。

カロリーが足りてない、それだけは実感する。私は今日を越える分のカロリーを摂取し損ねた。いくら何を思おうと、エネルギーが足りてない。

寝入り、自分に都合の良い夢すら見れない。

目の前で人が死んでいく、それをどうもしない自分を普通とする、ありふれた現実を夢に見て、目を覚まし、ただこれじゃ、「行ったり来たり」してるだけみたい。

ここは何回目の何日だろうと少し考えて、よくわからないでただ居る。

昨日とは違うんだということはわかるよ。

 

 

 

能動的に脳活

今年の初めころから(もう8月末!)なんとなく思っていたことがある。

いや、なんとなく思っていたのはもっとずっと前だった。

それ、を意識して過ごしてみて、照らし合わしだしたのが今年初めだ。

私はおそらく発達障害的だ。

ここで「こういうところが」とすべて記すことはないけど、参考に読んでいた当事者ブログや文献のおかげで、自分の中で、今までのなぜだったんだろうともやもやしていた出来事が腑に落ちた上半期でした。

唯一、一番困っていた、「こういうところ」をひとつ。

 

たくさんのことを常に同時進行で考えてしまう、ので、優先順位が決まっていないと(自分が理解していないと)詰む、ということがよくあります。

今年の初めからそれを意識して過ごし、頭の中の思考のレイヤーに番号や色を付り、改善に努めました。レイヤー分けしてみると、私の頭の中には、平均して35~40の「かんがえごと」がありました。

色を付けることでジャンル分け(青→自分だけの事、黄色→家族の事/黄色+赤→子1のこと、黄色+桃→子2…、やりたいこと→水色、やらねばならぬこと→赤、なんでもいいこと→白)して、

番号をふることで、期限があるものや、準備に時間がかかるものから優先していけるようにしました。

すぽっと抜け落ちることもありますが、カバー出来たり、カバーできなかったらできなかった!とちょっとへこむくらいです。

 

ああ、あの、たとえばですが、重要な契約書や証明書、印鑑や通帳、それらと、小学生の頃から持ってる(要るか要らないかよくわからない)もの、食べかけのお菓子やMDや使い道不明な配線コード、借りパクしたままの漫画とかが全部ごちゃ混ぜになって一緒の引き出しにしまってあり、そういう引き出しが何個もある、という状態です。

その引き出しを整理整頓し続けている状態です。

まだ飽きてないので(きっと効果が出てて、上手くいった時の成功体験が嬉しいから)しばらく続けてみようと思っています。

そのうち無意識に出来るようになったら最高だな!なんて思うくらいには呑気です。

 

my backnumber to lock the door on the inside ジュニア辞書で精いっぱい作った後ろと前の文脈です。タイトルはこんなニュアンスで表したかったです。